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他人

幾重にも誤解と無理解と断絶があり
人は互いに理解できると信じ続けるという
単純明快な永遠の断絶に直面している
しかもその時にもいまだ理解できると信じている

ヴァレリーが言った作品論は、単に芸術の世界だけではなく
我々の俗世の目の前に起こっていること

ヴァレリーは芸術作品について言った作者と鑑賞者の断絶は
経済活動における消費財についても言えると言った
その断絶があるから消費財に価格がつき取引が成立するのだと
芸術作品を介して作者と鑑賞者が対峙する時にも同じような断絶、不浸透性があり
それがなくなれば芸術という形態は崩壊するとヴァレリーは言った

なぜか?
それは、この世のものをすべて俯瞰できるような統合的な視点など人には持ちようもないからだ
しかしもし神を信じるというのであれば、神だけはそんな統合的な位置にあると信じることもできるだろう
信じることはできたとしても、人には神の視点など持ちようもない
そんな視点を提示したためにヘーゲルはキェルケゴールに否定され、実存主義が生まれた
それによってヘーゲルは決定的に時代遅れになった

他人

ネクタイを締め、背筋を伸ばし、僕は顔に完全な無表情を作り、
その上に思いきりのスマイルを人為的に作る

誰も、誰も、僕の内面まで追っては来られない
これが僕の精神の安定とプライドを支える最後の砦
誰も僕がどんなみじめな気持ちで、生計のために働いているか
そんな内面など誰も追って来ない、たとえその気になっても誰にも無理なのだ

そんな保証があるから、僕は今日もかろうじて正気でいられる
正気 より正確に言えば心の麻痺、無思考と言ったほうがいいかもしれない

だからヴァレリーの言う永遠の無浸透性は真実なのだ

芸術の崩壊を防ぐためじゃない、商品の価格の成立のためでもない
僕の心が氷のような断絶を保つために
僕は永遠の孤独に包まれ、その事実を受け入れる

自己崩壊よりも孤独のほうが百万倍もましだから

それは僕だけじゃない、気づいた人は皆そんな認識に至るに違いないのだ


それは僕だけじゃない
僕たち一人ひとりがそんな柔らかすぎる心を硬い殻の中に入れながら、
お互いに触れ合うのだ

僕ら仲間は、決して口に出さない連帯感でつながっている
業務は5W1Hを可能な限り手短かな言葉で伝え合い、
最も合理的な言葉で疎通する
プライバシーとして提供できる2、3の事実を、まるで見せ窓に飾る安物の花瓶のように用意し、
しかし決して生活空間に続く扉は開かれたことがない
個々が、これ以上抱えきれない仕事とストレスを抱えている
少しでも余裕があれば、お互いが少しでも楽になるようにさりげなく助けはする

時々起こる失敗とトラブルは、なるべく局所的に治まるようにし、
終わった後は誰もがただちに忘却し、二度と誰も触れることはない

僕らは口などきかなくても充分に同じ荷物を背負う重みを知る同志だ
仕事ではない話を口にすること自体が最大の気の利いたジョークなのだ
時候の挨拶に一堂の顔が笑いに崩れる
口もきかなくてもこれほどを共有している僕らが
言葉などという乱暴な道具でお互いの心をえぐり合う必要などどこにもない


業務終了し、さあ週末が始まる
僕はもちろん一人で町の中に消える
僕の束の間のプライバシーが始まる
そんな時、僕は隣町や、もう少し離れた町の支店を視察しに行く
業務が終了しシャッターが降りた支店の前に立ち
リーダーの笑顔の写真や、什器の配置などを飽くことなく見つめ続ける
もちろん僕は会ったことなどもないが、その笑顔は楽しくて笑っているのではない
相手からも同じ笑顔を引き出そうと必死の武装した笑顔だ
そのすぐ裏にはストレスと、現場の緊張を促す厳しい顔があることを僕は痛いほど知っている
その殺風景な支店の前に、僕は放っておいたらいつまで立ってても飽き足らないほどの興味を感じている

そこにも確実に不浸透性がある
外部の人間に、この味気ない光景に興味を持つことなど不可能である

しかし僕はそこに汲めども尽きない情報を読み取って、
この町でたった一人
身動きできずにいる
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テーマ : つぶやき
ジャンル : 小説・文学

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Author:quaintessence
find myself most like me when I express what is in my mind
am aware myself most self-realizing when I stay all by myself for long and see what is in me

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